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ブックガイド 吉野彰『電池が起こすエネルギー革命』

 

ブックガイド 吉野彰『電池が起こすエネルギー革命』

 

 

 

 著者はいうまでもなくノーベル化学賞の受賞者である。満面に笑みをうかべて記者会見に臨む姿を何度も見ることができた。大学の研究者ではなく、企業の開発研究者がノーベル賞を受賞したということも話題になった。

 

 本著はもともとラジオの連続講座のガイドブックとして出版されたものであり、一般市民でもわかるようにリチウムイオン電池の開発をめぐる問題がまとめられている。著者の研究開発に対する姿勢やその「失敗」と「成功」をめぐるエピソードを中心によむこともできるし、リチウムイオン電池そのものに目を向け、それがどのように開発され、市場で位置を占めたのかということを軸に読むこともできるだろう。

 

 こんにち、リチウムイオン電池は携帯電話、スマートフォン、ノートパソコンなどに広く使用されている、モバイルIT社会になくてはならないものである。それは何よりもそれが小型・軽量で、起電力が高く、充電することで何度も使えるという特性をもっていることによってIT革命を牽引するものなったのである。

 

 本書では、その開発の経緯が丁寧に紹介されている。開発物語ではよく「失敗は成功の母」といわれるが、いろいろな物質や製品の開発過程を振り返ればそれぞれにドラマがあるわけで、本書では「悪魔の川」「死の谷」「ダーウインの海」と呼ばれる「関門」を乗り越えなければ研究開発は成功しないとしながら、リチウムイオン電池のアイデアが試行錯誤を繰り返し、やがて製品となり、世の中全体がIT・情報化にむかって動き出す時期にまさに「機が熟す」ように、一気にその市場が広がっていったというのである。

 

決定的なチャンスとして、携帯電話がアナログの音声通話だけの時代からデータ送信を可能にする持ち運びが可能な「情報端末」になったことや、ウインドウズ95の発売によってネット社会が実現したことなどがあげられる。それによって、それまでの電池では対応できないことがリチウムイオン電池であればできるということから、リチウムイオン電池は「ダーウインの海」を乗り越え、モバイルIT社会の世界的普及に貢献することになったというのである。

 

著者は、これから資源・環境・エネルギーという人類最大の課題に対し、具体的な解決策を模索するなかではじまる「ET革命」のなかでリチウムイオン電池がはたすべき役割について言及する。それは非常に広範なフィールドで起こる変革のなかで想定しなければならないこととしながら、その先陣としてリチウムイオン電池の自動車用途へ展開する可能性についてのべるのである。

 

すなわち、リチウムイオン電池技術の進歩と自動車に対する環境規制のなかから、2025年には新たな車社会が生まれ、ET革命の一部が現実の姿をあらわしてくるのではないかというのである。それにAI技術が結び付いたとき「無人運転機能を有する電気自動車」がマイカーにかわる「無人タクシー」として実用化されるという近未来社会をイメージすることができるというのである。

 

著者がノーベル賞受賞にあたり「これから電池が環境問題の解決に役割をになう」とくりかえし述べていたのは、こういうことをいっていたのかと気づかされた。

 

(NHK出版 2017年10月)